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A

ええ加減なヤツが好きです。 テキトーな男にも憧れますし、ウソをつくヤツにも好感を

持ちます。

しかしながらソレらは≪ユーモア≫のセンスを感じればこそです。

最近はユーモアどころか、ここ数年訳の分からぬ動機で凶悪犯罪を冒す連中が後を絶ちません。

つい先日も茨城県でバスに乗っていた学生に刃物で次々と襲いかかる、という事件がありました。

幸い死者こそ出ませんでしたが、犯人は「人生を終わりにしたかった」などと言っているそうです。






ご存知の通り、過去にもこの様な意味不明の理由による無差別殺人事件は数多くあります。

そして決まって狂人達は『誰でもいいから殺したかった』等と供述します。

『誰でもいいから~』という割りには不思議な事に犠牲になられるのは比較的に腕力が弱いと

される女性や子供、お年寄りばかりです。

『誰でもいいから~』と、プロレス道場や暴力団の事務所に包丁を持って殴り込む無差別殺人犯を

僕は知りません。

明らかに相手を選別しています。 つまり連中は本当には狂ってなどいないのです。






この様な凶悪事件が発生した際、テレビのワイドショーで聞かされるのが≪チシキジン≫とやらの

『ゲームと現実の区別がつかなくなって~』というテンプレートな理屈です。

連中は本当にそう思っているのでしょうか?

あげくにはその殺人者が好んだ映画や音楽、書籍までが槍玉にあげられる始末。

僕が子供の頃のTVゲームといえば「ブロック崩し」が関の山でしたし、チシキジン達が思わず

『~区別がつかなくなって~』と言いたくもなる様な漫画やメディアは皆無の状態でしたが、

それでも僕の近所には学年が1つ上のシャレにならん男が住んでいました。






生命に区別をつけたくはありませんが、カエルやバッタ等の小動物虐殺は少年期の通過点という

捕らえ方もできます。  少年なりに『これ以上は…』という道徳的(?)線引きもあります。

しかしそのシャレにならん男は昆虫、哺乳類お構いナシです。

ここではちょっと書けない様なとんでもない虐殺を日々繰り返しておりました。

コレは何を指すのか、つまり≪何の影響を受けずとも最初から少々ズレた感覚≫の人間は

残念ながらいるのです。 

正確なはずの製造設備ですら何千、何万個に1つという確率で避けられない≪不良品≫は発生

します。 

部品と人間とを同一線上で語るとお叱りをうけそうですが、生身の人間なら尚の事です。

大人になって知り合った方にこの様な話をすると『そういえば俺の近所にもそんな奴おった』と

いう意見を聞かされる事は少なくありません。

そしてそれらに拍車をかけるのが昨今のエセ平等教育だと僕は思います。







運動会の徒競走では5メートル手前でお手手繋いでゴールイン、幼稚園の演劇では桃太郎5人、

お爺さん5人にお婆さん5人、鬼の大将までもが5人、というオールフロントマンが定番の

ようです。

僕の友人が姉の家に訪問した際、姪が学校で描いた絵が壁に貼られていたらしいのですが、

その絵の隅に書かれた、漢字と平仮名まじりの名前に違和感を覚えたそうです。

聞けば≪まだ習っていない漢字を書いてはいけない≫という呆れたルールがあるらしいのです。

いくつか述べたこのエセ平等には何らかの悪意があるとしか思えません。

少年サッカーのポジション選考で、不本意な役割をあてがわれた少年の親が、

『どうしてウチの息子がセンターフォワードでないのか!?』と監督のもとに怒鳴り込んできた

事例もあるそうです。

その様な教育を受けてきた子供達が、とうとう親になる時代が来た、という事ですね。

こうして、意図的に明確な敗者を作りあげないシステムで数十年育った人間が社会に出る事と

なるのです。






仕事の場というモノは≪理不尽の巣窟≫です。

ブルー、ホワイトを問わず、真面目に業務を遂行しているからといって相応の評価を得られるとは

限りません。

自分より遥かに仕事量がおちるお調子者や、ボスと同じ大学を卒業しているから、というまさに

理不尽極まりない理由で後輩達がバンバン出世するのを横目にする過酷な世界です。

そのような伏魔殿に≪仮想・無敗の男≫が飛び込むのです。 初めて頭を打ち、初めて理不尽

という暴力と対峙するのです。

歪みきったエセ平等教育で育った甘えんぼさんは、今まで無敗だったが為に自らの停滞の因を

≪内≫には探す事が出来ず、≪外≫へと向けます。

そして「社会が悪い!」という結論に至るのです。

『ゲームが~漫画が~』と仰るチシキジンの方々はどうもそうは思っていないようです。

まだ聞かされてはおりませんが、冒頭のバス事件でも同様の理屈を言い出す事は時間の問題

だと思います。

極悪人はヘビやコウモリを食べていてもらわないと困る、といった様な理論です。

現在教育の場において懸念されている「学級崩壊」の問題についても連中は、

『まずは子供の目線に立って~』という、耳を塞ぎたくなるような理論を中心にして頭を悩ませて

おりますが、なぜ大人が子供の目線に立つ必要があるのでしょうか。

その≪目線≫に立った結果が、授業中に好き放題暴れ回る、教師に暴言、暴力といった

信じられない状況を生み出しているのです。

「学級崩壊」なる現象を食い止める事は簡単な事です。

言う事を聞かない、他人に迷惑をかけ続けるガキ共は竹刀でケツでもドツキ回せば済む話です。








同様に≪誰でもいいから殺したかった≫や≪何もかもイヤになった≫ですとか、

≪神タマが殺せと命じた≫などという許せない理由でおこる凶悪犯罪も、なくす方法はただ一つ、

≪厳罰≫です。

「罪を重くするだけでは何も変わらない」という意見もあるようですが、僕は変わると思います。

例として≪万引き≫という犯罪を厳罰にしてみましょう。

近頃は「万引きは犯罪です」という、とても大人に向けたメッセージとは思えないようなポスターが

あちこちのスーパーに掲示されている程に事態は深刻化しているようです。よって

≪万引きを3度やらかした者は罰金300万円+懲役10年≫

極端ですが、まごう事なき厳罰です。

この法律が施行された翌日から万引きが増加するとは思えません。

凶悪犯罪者にもこの≪厳罰≫を科すのです。

日本において犯罪者に対する最上のペナルティーは死刑ですが、最近はその死刑を望んでいる

犯罪者もいるようですのでこの際「死刑廃止論」には賛成です。 かわりに、

≪1日の重労働18時間、不定期に行われる深夜の鞭打ち、「オマエ明日死刑」と宣告しておいて
翌日執行人が現れない≫

という「死んだほうがマシ」刑を導入するのです。

確実に凶悪殺人は減少します。






酒の席で相手の言った事についカッとなってビール瓶で殴ったら図らずともケンカ相手が死んで

しまった、これも殺人には変わりありませんが、僕が一番許せないのは「人を殺したくて殺した」

などとぬかすヤツが十数年後には再び社会に戻る事です。

刑期を終えた元凶悪殺人者にもそれなりの社会的制裁はあると思いますが、時には映画を観たり

職場の同僚と飲んだり、美味しいラーメンを食べる事は可能です。

しかし犠牲になられた方にはその一切が叶わないのです。

こんな理不尽な事があるでしょうか。

先日も夜勤へ向かう途中の青年を殺害した少年が逮捕されたという記事が新聞に掲載されて

おりました。 夜食を買ったコンビニを出た所で被害にあわれたそうです。

僕と生活サイクルが似ています。とても人ごととは思えません。

殺された青年は給料から家に生活費を入れるとても親孝行な青年だったそうです。

ご両親も、夜は冷えるからと肌着を買ったり、暖かいお茶やコーヒーなどを水筒に入れて

用意した事もあった事でしょう。

そんな青年が「遊ぶ金が欲しくてやった」という理由である日突然殺されるのです。

残されたご遺族の無念たるや、はかりしれません。

先ほど述べた厳罰二つは極論ですが、この様な悲惨な事件を防ぐ為には≪厳罰≫をもって

のぞむ他はないと思います。







今年NHKで放送された「龍馬伝」や同局で再放送されている司馬遼太郎氏原作の「坂の上の雲」

を観ていると、中心人物達の誇りや威厳、意志には本当に驚かされます。 現在の日本のトップが

やらかしている国内外に対する振る舞いと比べると、『これが本当に同じ国の政治家か?』と

疑ってしまう程です。

僕は戦争という争いを肯定したり、何でもかんでも盲目的に『昔の方が優れていた』と考える

者ではありませんが、昔の子供はもっと大人を恐れていた気がするのです。

恐れつつも、その恐れの範囲の中でギリギリの所を突いて逃げる、といった様な綱渡り的スリルを

楽しむのが子供の冒険心だと思うのです。

現在は違います。  わざわざ大人が子供の目線に立っていてくれるのですから最初から

ヤリタイ放題です。 綱渡りもヘッタクレもありません。

悪い意味で大人と子供の距離が近すぎます。 子供の様な大人が続出して当然です。

僕は、履き違えた平等教育や『漫画が~、ゲームが~、ネットが~』という、ある意味で罪の擁護

ともとれる風潮が世間に蔓延しはじめた辺りから児童虐待や若年層の凶悪な犯罪が増加しだした

と思えてなりません。

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もう、ことごとく蛇井さんの意見に賛成です。

最近は勝ち誇ったように、知識人さん達が漫画のセイ描写を規制する法案をまとめてるようですが。
もっと別なところを見直した方がいいような・・・。

私も感じていました。
昨今の幼稚園の運動会には一等賞は無いみたいですね。
すべて平等。男も女も区別なし。
男の子は、○○君と呼んだらだめなんですって。
○○さん、って呼ぶように、教育委員会から子供に指導があるんです。
出席番号も、分けずに男女まぜこぜ。
これで平等になったと安心する教育委員会って不思議。

まあ、親も親です。
ちょっと自分の子が他の子よりも不利な状況になると、すぐに口を出してきます。
過保護過ぎ。子供なんて、先生に叱られて叩かれてナンボです。
他人に怒られるという経験は絶対に必要ですしね。
まあ、理不尽に怒る先生もいるでしょうが、
そういう「理不尽」を味わい、世間を知るのも大事かと・・・。

・・なんて、言いだしたらきりがないんですが。とにかく昨今の犯罪。

「無気力」であるのに「とんでもない強行」に出てしまう若者が確かに増えています。
私にはその原因は分かりませんが、そういう人間は決して改心しない!という単純な事実を、
法をつかさどる人が早く気付いて欲しいものです。

ほんとにそうですね。
「子供=汚れなき天使」教が蔓延し、
子供を讃えない大人は極悪人、汚れてるというレッテルを貼られる。
なんでなのかわかりません。
有る程度の年齢になるまで、子供と言うのは賢い獣ぐらいだと思います。
獣のしつけは、強いリーダーのもと、問答無用で群れのルールを叩きこむ意外にないと思うのだけれど。

なぜ子供の教育は「滅菌」が基本なのでしょう。これもなんでなのかわかりません。
社会に出れば過酷な優劣競争、善悪よりも弱肉強食というサバンナが広がっているのに、
滅菌処理で育った子供が泥水をすすったら、そりゃ腹も下すわけです。
バイ菌に耐性を持たせるような教育こそ必要な気がしますのに、滅菌とは。いやはやですね。

外に原因を探した典型が東京都のアホ条例ですよね。都知事よ・・

lime様へ

「我こそは良識!の知識人さん達ですが、非常事態で真っ先に理性を失う
のは彼らの様なタイプだと思います。」
僕も彼らのように決め付けてやりましたよ。

「〇〇さん」に統一ですか、それは知りませんでした。
もう病的なまでに平等至上主義ですね。
連中は明らかに≪弱体化≫を目指しております。

limeさんの仰るとおりです。あんな奴らは絶対改心しません!
出所したら必ず同じ事を繰り返しますよ。

ささめ様へ 

もしかすると今の大人は、回りから≪いい人≫と思われたいのかも
知れませんね。 見知らぬ子供を𠮟りつけようものなら狂人扱いされるのが
オチです。 

強いリーダーが群のルールを叩き込む、この様な事を知識人さんに言えば、
『では誰がリーダーを~』『何が正義で何が悪なのか~』『どこまでが常識で
どこからが非常識なのか?』絶対このような事を言い出します。
ええ歳して『どこまでが常識で~』もう、哀れです。

禁酒法に匹敵する条例がまつりあげられましたね。どうなる事やら…。 

うちのムスメが、保育園でのクリスマス会で劇をやると言うことで、(去年の話ですが)
「なんの劇をやるの?」
「オズの魔法使い!」
「へぇ~いいね。なんの役をやることになったの?」
「ドロシーやるよ。」
「すごいじゃない!主役だね!」
「うん。ドロシーはね、あと○○ちゃんと◇◇ちゃんがやる。」
「3人いるんかい・・・」

他の役もすべて、3~5人ずついましたよ(笑)。
台詞はすべて、「せーの」でそろっていうから、当然棒読み。
見ていて、あんなにつまらんものはありません。
いちお、演劇部出身で、女優を目指したこともある私としては、見るに耐えません(笑)

ま、でも幸い、ムスメの保育園も小学校も、徒競走でおててつないでゴール、はしないのでホッと胸をなでおろしておりますが。

にしても、先生が優しすぎます。
ムスメが宿題をやっていかないことが多いので、やっていかなかったら自分が困るだろうと思って放っておいても改善しない。
なぜかと思ったら、宿題はやってきた子が朝、先生の机に出しておいて、先生はそれを丸付けするなりなんなりして返しておしまい。特にやってこなかった子に叱る、とかそういうのがないんですって。
ママ友に聞いた話だと、「共働きで学童保育に行ってたりする子供は、帰ってくるのも遅いし宿題をやる時間がないからしょうがないだろうっていうのもあって、今は宿題は絶対にやっていくものっていう考え方じゃないらしいよ」だって。
どうなんです?これって。
子供の立場、働いてる親の立場、そんなものに学校がへこへこしてどうすんだろ。

私としては、勉強なんてそんなに一生懸命やらなくてもいいから、宿題とか、学校の授業を聞くとか、最低限のことだけはきちんとやれ!という教育をしたいのに、学校がこれじゃぁさぁ・・・みんな塾に行くわけですよねぇ・・・。
塾なんて行かなくたって、ほんとうの「考える力」を持つ子になってほしいのに、今の学校ではそれが無理っっていうか、学校がそれを投げ出してるのかい?・・・と・・・。
もう、どうやって子供を育てていいのか、わからん時代です、とほほ。


もうとにかく、全て、蛇井さんのおっしゃることに激しく同意。

「人生を終わりにしたかった」のなら、一人でどこかでご勝手に終わらせて欲しいです。

秋沙様へ

演劇の≪一役5人制≫も、元はと言えば保護者のクレームからだそうです。
まぁ、我が子が石ころ同然の役にされたら文句の1つも言いたくなる気持ちも
分らなくはありませんが、どちらがオカシイかと言えば≪オール5人≫の方が
おかしいですよ。 しかもそれが全国的とは…。狂ってます。

宿題というモノはなくなりつつあるようですね。それにしても何とご理解ある
先生なのでしょう。 そりゃ誰も宿題やりませんわ。
僕だって『明日から何時に来てもいいよ』と言われたら、最初はいつもの様に
8時頃に出勤しますが、だんだん10時、12時になりますよ。
子供達にはもっと問答無用に接しなければ逆に子供が可哀想です。
堕落して当然です。 「考える力」なぞ身につくハズがありませんね。

「人生を終わりにしたかった」とか「全てイヤになった」のなら何故一人でコッソリ
終わる方法を選ばずに人を傷つけるのでしょう?
やはり奴らは最初からズレているのです。


プロフィール

蛇井

Author:蛇井
1971年生誕の♂

【尊敬する著名人】
中島みゆき
ヴァンダレイ・シウバ

【愛用ギター】
Ibanez RG7EXFX2 chair仕様

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