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英雄列伝01

どなたにも今まで生きてきた人生の中で『あんなふうになりたい!』

強く憧れた人物が1人や2人はいると思います。

中途半端なチカラの差では嫉妬もしようというものですが、その存在の前ではもうタメ息しか

出ない、まさにヒーローであります。

これまでは僕の中の英雄(ヒーロー)として、ミュージシャンを主に取り上げてきましたが今回はその

≪音楽系≫から離れまして、昔僕のヒーローだった人を数回に分けてご紹介したいと思います。

第一回目はこの方です↓














1995年までWGP500ccクラスで活躍したケビン・シュワンツです。

オートバイの世界に興味が無い方には全く聞いた事の無い名前かも知れませんが、シュワンツは

本当に感動的な走りをするライダーでしたよ。   

サーキットを何周も周回するスタイルのモータースポーツというものは、ただ単に

速く走れば良いというものではありません。

磨耗するタイヤやエンジンのコンディション、自身のスタミナと相談し、時にはあたかも

苦手なポイントがあるかのように振る舞い、ライバルに勝負の≪仕掛け所≫を見誤らせる、と

いった様な駆け引きも必要とされます。

シュワンツにもそれなりに≪ペース配分≫というものがあったとは思いますが、観ている僕から

してみればシュワンツは常にスロットル全開! トップを独走して楽勝ムードにも関わらず

転倒リタイアなんて事もあった程です。

≪クラッシュか優勝か?≫フィクションの主人公によく用いられる

設定ですが、まさにシュワンツはソレを地でいくライダーでした。







シュワンツの得意技としてはレイトブレーキングがよく挙げられます。

レイトブレーキング、文字通り≪ブレーキをギリギリまで遅らせる≫という戦法です。

メーカーが技術の全てを注ぎ込んだワークスマシンという物の運動性能は凄まじく、その

トップスピードは時速300キロを軽く超えます。

4輪ならいざ知らず2輪という不安定な乗り物で、一般人なら気を失ってしまうような時速300キロ

という世界から前後輪をズルズル滑らせながらコーナーへ突っ込むそのスタイルには

『アンタ命いらんのか!?』と何度もハラハラさせられました。

たとえ2位でも高いポイント(得点)を稼げるにも関わらずシュワンツは突っ込みます。

ゆえに転倒も多いライダーでした。

通称フライング・テキサン、豪快でスリリングなそのライディングスタイルはテキサス州出身の

シュワンツに相応しくロデオにも例えられていたようです。

そのスリリングさに拍車をかけた要因としてウェイン・レイニーというライダーの

存在が欠かせません。

全盛時から十数年経つにも関わらず、シュワンツvsレイニーという図式をWGP史の名バトルであると

言うファンは少なくありません。

93年、レイニーはレース中の事故による負傷で選手生命を絶たれて引退、同年シュワンツは悲願

であるワールドチャンピオンの座を獲得しますが、シュワンツは

『彼の怪我が治るならチャンピオンなんかいらない』と発言したそうです。

王座を得た喜びよりも、全力で闘う事が出来るライバルを失ったショックの方が大きかったのだと

思います。

チャンピオンとして挑んだ翌年94年のシーズンは精彩を欠きランキング4位、そして95年に

シュワンツは引退。

調べて初めて知ったのですが、この引退は前述のライバルであるウェイン・レイニーと話し合って

決意したとの事です。

シュワンツの象徴でもあったゼッケン34はモータースポーツ史では異例の永久欠番に。

現在シュワンツはライディングスクールの代表としてライダーの育成をされているそうです。

いつの日かシュワンツの教えを受け継いだライダーがGPを席巻する日が来るかも知れません。





さて、≪魅せられるモノ≫があるとやる側にならなければ気がすまないのが蛇井青年の

良い所でもあり悪い所でもあります。

16歳から20代前半の頃はまさにバイク一色の日々でした。

しかしながらモータースポーツというものは莫大な費用がかかります。

そこで僕は比較的に安価で楽しめる50cc専用コースのサーキットライセンスを取得し、日曜とも

なるとコースを走り回っておりました。

そしてレイトブレーキング!です。

そしてご想像の通りアスファルトの上を転がりまくります。

考えてみれば≪心は弱いが肉体は鋼≫という僕の特徴はこの時かららしく、

サーキットでも一般道でも周りがドン引きするような大クラッシュを演じても擦り傷程度で

大きな怪我をした事は一度もありません。

ま、そんなにスピードが出ていなかった、という事ですね。

サーキットに限らず週末ともなるとバイク仲間と海へ山へと駆け回っておりました。

ヤング時代の蛇井青年はなかなかのアウトドア野郎だったのですが、今では薄暗い蛍光灯の下で

焼酎を飲みながらブルースを爪弾くプチアニオタ、という進化した姿を世間に晒しております。

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こんな話を聞くと、必ず、男に生まれたかったなあ~と思うわけです。

いや、女だってヒーローに憧れればいいじゃん、と、思われるでしょうが、
それはそれで、なかなか痛い結果になるわけで。

そんな淑女な私でも、ジャッキーチェンの映画を見た後は、訳もなくビルからビルへ、飛び移ってみたくなるくらいの冒険心は持ち合わせていました。
だから、蛇井少年のチャレンジ、分かりますよ~~。

そして、プチオタへの昇進、おめでとうございます。
着実な進化だと思います。

(≧∇≦)シュワンツ♪レイニー♪ 面白さ最高♪な時代でしたですよね!!!
おおお♪ 蛇井さん50ccでマフラー火花で削ってらっしゃったんですね?
私も レースに友達応援に行ったりしてましたよん 懐かしい~~♪
はい レイトブレーキング 車でですが もちろん私もやってましたですよ
蛇井さんと同じく 当時は 心は弱いが肉体は鋼だったからww ぶぶw
心の中のBGMは バニハー バニハー♪でした♪
ええ 助手席の男は  男でもそこまでの突っ込みはせん(T-T)とお尻の○に汗かくほどビビッてらっしゃったものですw 夫ですがw

lime様へ

僕もジャッキーチェンの映画の鑑賞後は同じ症状に
見舞われていましたよ。
僕はとても惚れやすい性格のようです。
で、今でもしつこく続けているのがギターな訳ですが、飽き性の
僕がなぜここまで継続できるのか?答えは『自宅で鍛錬できる!』
これにつきます。
やはり僕の根っこは≪インドア≫のようです。
そんな訳で絵の練習も継続中であります(≧▽≦)

お祝いのお言葉ありがとうございます!
まぁ元々なにかにつけてオタク気質ですし。
コチラも訓練を続けて、いつの日か≪提供する側≫になれるよう
頑張りますのでまたアドバイス宜しくお願いします!

maso♪様へ

やはりGPは2ストですよね!
あの頃は本当にエキサイティングでした。
maso♪さんもご存じの通り、僕が走っていた頃は土曜の晩ともなると
そこらじゅうのガソリンスタンドやコンビには、それっぽい車やバイクで
あふれ返っておりましたよね。
いや、熱い時代でありました。

と、申しますかmaso♪さん、モータースポーツファンである事は存じて
おりましたが、実際に走っておられたのですね!驚きました。
なら、駅前ですれ違うどころか、僕は山でmaso♪さんにブチ抜かれた事が
あるかも知れませんよ(≧▽≦)

蛇井さんの前世はバイク好きのアウトドア青年でいらしたのですね。
きっと蛇井属ヘビイ科へびい、という哺乳類の一種でいらっしゃるのだろう、と愚考いたします。
そしてその「へびい」生物様は、完全変態動物でいらっしゃって、バイク青年→さなぎ→ブルース焼酎、と羽化なさったのでしょう。
さなぎの部分がどのようなお姿だったのか、とっても気になります。夜も寝られません。また是非教えてやってくださいませ。

ささめ様へ

歳を重ねるごとに活発的からインドア派になるのは自然な流れだと
しても、手がける音楽の方はフォークソング→パンク→ハードコア→へヴィーロックと
年がいもなくだんだんへヴィーになってきております。
けど、バイクもきれいサッパリ忘れた訳ではありません、本格的に体力が
衰える前に大型二輪免許を取ろうかと常々思っております。

そういやサナギの僕は何をしていたのでしょう??
ギターは弾いていたと思うのですが、バイクからギターへと移行した経緯が
正確に思い出せません。
凄まじく嫌な思い出があって脳がその時期の記憶を抹消してしまったのでしょうか。
それかUFOにさらわれたか、どちらかですね。
プロフィール

蛇井

Author:蛇井
1971年生誕の♂

【尊敬する著名人】
中島みゆき
ヴァンダレイ・シウバ

【愛用ギター】
Ibanez RG7EXFX2 chair仕様

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